Absolute beginners

時々昼を食べに行くエスニック料理店が有線の80’s洋楽を流していることが多く、先日はLet’s danceが流れ思わず口ずさんでしまったりして、今日は懐かしや愛のコリーダが流れクインシー・ジョーンズかっちょええなあなどと思いながらカレーを貪り食っていたのだが。

Absolute beginnersが流れた。

 
Let’s dance でカルトスターから世界のポップスターになったDavid Bowieの、80年代半ばのミュージカル映画の主題歌。もちろんBowieご本人もご出演。言うまでもないが、The jamのではない。
自分がミュージカルがあまり好きではないというのもあるのか、実はこの曲をいいと思ったことはあまりなかった。
というよりも、メロディが出来すぎてると言うか狙ってるというか、予定調和的な古くささというか、そんな感じがして、例えばBeauty and the beast*1不安定さとは対極にあるような、Bowieの曲の中でも好んで聴く曲ではなかった。元々50年代あたりを舞台にしたミュージカル映画の主題歌で、歌い上げる部分なんか特に、クラシカルなミュージカルを意識して作ったんだろうなと思っていたし。
 
自分の隣の席では、おそらく30前後の、社員証を下げる首の紐から上場企業勤めが伺える、二人組の若いサラリーマンが喋りながら食事をしていた。
一流企業勤務のそこそこ金持ってる若い男ってのが、実は一番人生楽しいんじゃないだろうかなどと、ぼんやり考えていた、そして突然、なんていい曲なんだろう、Absolute beginners!
胸打たれてしまった。
しばし聴き惚れて、歌よりもそのメロディに、もちろんBowieの歌唱力は素晴らしいのだが、ミュージカル的予定調和とさえ思っていたそのメロディとアレンジに、涙ぐむほどだった。
そしてわかった、この歌は中年のための、中年を慰める歌なのだ。
absolute beginners すなわち、なんもわからん初心者。この歌は若い二人のラブソングで、
ここで言われるabsolute beginnersとは、まだまだ恋愛やら人生やらに踏み出したばかりの若者を指しているんだろう。
歌詞はこれから深まっていくだろう若い二人の恋を描いてロマンチックでさえある。
これを安定したメロディにのせて、クラシカルに歌い上げることで、かつての若者が過去の思い出を振り返るような、懐古とか哀愁さえも含んだ歌になったのだ。
イケイケドンドンの曲を追いかけていた若い頃の自分は理解出来なかった。しかし、中年になった今は理解できる。このゆったりとしたミュージカルのような曲調と高く伸びるBowieの声が、遥か彼方になった若かった頃を想起させる、この歌のエッセンスなのだ*2
これを作ったとき、Bowieは40歳前後。この歳でこういう曲を生み出せるとは、長いショービジネス生活の中での成熟をしみじみと感じた。まあ、でもこの時代は、まだ40で不惑というのが成立した時代だったからか。今は60過ぎても不惑なんて程遠い。
 
帰宅して、あの感動を再び、と聴いたら涙ぐむほどでもなかった。涙が出たのはカレーが辛かっただけかもしれない。

 

*1:David BowieのアルバムHeroesのA面1曲目 HeroesほどA面とB面の意味があるアルバムはないと思えるのであえてこう書く

*2:Guns N' RosesのSweet Child o' Mineが、煌びやかなハードロックでものすごい甘ったるい歌詞というのはなかなか楽しい